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最近、ハヤシライスにはまってます。
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法眼さんの泰樹の部屋で、私は堪海から恫喝を受けていた。
緊迫した雰囲気に動悸がおさまらない。全身にイヤな汗まででてきた。
「さあさあ、教経様がお待ちだ。さっさと支度をしろ!力づくで連れていくこともできるんだぞ」
(怖いっ!でも、ここで逃げないと本当に連れていかれる!!)
どうしたらいいかを必死に頭の中で考えを巡らせる。
「でも、法眼さんに黙ったままでは出ていけません。ちゃんと説明をしてから……」
連れていかれないようにと、無駄な抵抗と分かっていても、柱に爪を立ててしがみつく。
けれど、それがかえって相手をイラつかせるようだった。
「そんな説明はこっちがしておくからいいんだよ。教経様はせっかちな性格なんだ。
乱暴にされたくなければ、諦めてさっさと支度をした方がいい」
堪海の武骨な指が私の腕をつかんだ。
「そんな……」
「いや、用意はいらないな。着の身着のまま行っても、相手は平氏の御曹司だ。
全部そろえてくれるぜ。うらやましい玉の輿だね」
顔をのぞきこまれ、いやらしい顔で急かされれば、全身に鳥肌が立つ。
「おい!」
その時、隣の部屋から教経様がどかどかと入ってくる。
すっかり険しい顔つきに、私はますますおびえた。
「もう待つのは飽きた。さっさと行くぞ。俺だって暇じゃあないんだ」
「はい。ただいま!」
堪海はそう言うと、つかんでいた私の腕を強く引っ張る。
そして、そのまま引きずられるようにして、教経様に私は引き渡された。
「い、いや!」
「おとなしくしろよ。こっちだって、知盛殿の命令で来ているんだ」
「どうか、どうかお願いです。お願いですから、私を見逃してください」
「はあ?あんた知らないだろうが、平氏の知盛殿と言ったら、命令に従わない者は絶対に許さぬ鬼の頭領だぞ。逆らえるものか」
「鬼……」
(そんな恐ろしい人のところい行かされるの!?)
私はますます恐怖し、ガタガタと震えだす。
「ようやくおとなしくなったな。そうだ、そうやっておとなしくしとけ。知盛殿の前では騒ぐなよ。
うるさい女は嫌い人だ。すぐ手討ちにされるぞ」
「ええっ!!」
あまりのことを告げられ、身体が動かない。
教経様は、脅すだけ脅しておとなしくなった私を法眼さんの屋敷から連れ出した。
(いったい、どうなってしまうの?私、このまま平氏の屋敷で幽閉されてしまうの?)
教経様の馬に乗せられ、林の中を走っていく。
未知の場所へ連れていかれる不安と知盛様という男への恐れとで、私は指先まで冷たくなるのを感じていた。
知盛様の屋敷へ連れて来られた私は、大きな部屋へと通された。
そこには、ずらりと平家の公達が並んでいる。
「知盛殿、言われた通りに、法眼殿のところにいた娘を連れてきたぜ」
教経様はそう言いながら、私を部屋の真ん中へ座らせた。
怯えながら、私は周りを見渡す。
きらびやかな雰囲気ではあるけれど、それが逆に不安にさせる。
(私、いったいこれから、どうなるの?)
恐ろしくて恐ろしくてガタガタを震えていると、正面にいる男が口を開いた。
「そうか、首尾よくいったな。さすが教経は仕事が早い」
「この教経が動けば、ざっとこんなものだろう、知盛殿」
それで、ようやく正面の男が知盛様らしいとわかる。
(この人が今、平氏を束ねている実質的な頭領、平知盛様……すごく厳しそう……)
目の前の彼は意志の強そうな顔をし、りりしい眉を寄せている。
男らしく、王者らしい尊大なオーラをまとっていて、その威圧感で私の体は動かなかった。
「かわいそうに、こんなに怯えている。知盛兄者、あまりおびえさせないようにね」
「俺がいつ、おびえさせた。まだ話もしていない」
「ほら、そんな怖い声じゃあ、ますます怯える」
助け舟を出してくれたのは、キラキラした王子様のような男性。
少し着物を着崩して艶めいた印象があるのに、品良く見える。
「重衡兄者、無駄だ。知盛殿は、ただしゃべっているだけでも怖いからな」
(この方が平重衡様なのね。知盛様よりも、ずっとお優しそう)
「くすくす。そんな軽口を叩けるのに、怖いだなんて、おかしいですよ」
まるで鈴が鳴るように笑う方は、女性かと見紛うほどの美しさだ。
やわらかい雰囲気に、繊細さのある仕草が見ていてもうっとりする。
「おやおや、維盛も賛同するのかな?」
(この方が維盛様……。それにしても、平氏のみなさまって、なんて仲がいいの)
「女、名はなんと言う?」
「横山まりえです」
突然、声をかけられて、びくんとなりながら答えた。
「まりえか……。変わった名だな。やはり、異国から来たというのは本当らしいな」
「でも、異国から来たというだけで、私はなにもできませんし、先を見る力もありません」
「ふっ。俺には今、その両方ができるが平氏には協力できんと聞こえたな」
「そんな……」
「どうだ?まりえは、平氏をどう思う?」
「結束が堅そうです」
私は思ったことを正直に言った。
「いい感想だな」
知盛様が満足そうに頷く。
「まあ、どんな感想を持っていてもかまわん。どうせお前は平氏の人間になるのだからな」
「え!」
「お前が力を持っていようといなくても、すでにその評判が立っているというのが問題だ。源氏に奪われれば、どんなことに利用されるともわからん」
「知盛兄者、ぜひ私の屋敷へ。こんな可憐な人なら、すすんでお世話をしたい」
「重衡兄者は女の扱いに慣れすぎていて、逆に信用できない。維盛はどうだ?俺はごめんだがな」
「まりえ姫がいいというのなら、私はいいですよ」
「いや、この娘は、このまま俺のそばにおいておく」
「おやおや、珍しいお申し出だ」
「そうですね。女性をそばに置かれるのは、面倒くさがるのに」
「それだけ、重要な女ということだろう。戦略的に」
「教経の言うとおりだ。奪われていけない物の管理は、俺がする。それが一番安全だ。わかったな、まりえ」
「分かりました」
私はうなだれるように頷いた。
「あきらめのいい対応だな」
知盛様が満足そうに頷く。
(もう、逃げられない)
「では早速、まりえに部屋を与えよう。そして、すぐにでもお前の力を見せてもらうからな」
「ち、力など、何もありません」
「そう言っていられるのも今のうちだ」
「知盛様……」
「俺は甘くはない。何が何でも、平氏の役に立ってもらう」
厳しい顔で言われて、私は息を飲む。
(この先一体、どうなってしまうの?こんな怖い人のところにとどまるように言われるなんて……)
〜平知盛 2日目終了〜