最近、ハヤシライスにはまってます。
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平知盛(5日目)
 
数刻前、東国追討へと出ていた知盛様がお戻りになるという早馬が来た。
家来達の無言の圧力によって、私も玄関まで渋々と迎えに出る。
朝から気温はぐんぐんとあがっていて、ジリジリと日差しが照りつける暑い日だった。

(なんて暑さなの。こんな日に鎧兜なんて着けていたら、きっと煮えてしまう。この時代の人って大変なのね)

私はそんなことを考えながら、じっと汗の流れる気持ち悪さに耐えていた。

「あ……」

遠くからいななきが聞こえる。

(帰ってきたんだ。よかった。これ以上立たされていたら、こっちが倒れるところだったから……)

ほっと胸をなでおろした。
帰ったことが嬉しいんじゃなくて、もう立って待たなくていいことにだけ安堵する。

(ちょっと薄情かなあ。でも、知盛様って怖いし……)

そんなことを考えていると、勇ましい武者姿の知盛様が現れた。
きりっとした表情で武士らしい清冽さを身にまとい、颯爽と馬で玄関まで乗りつける。

「お帰りなさいませ。ご無事でなによりです」

私は慇懃(いんぎん)なくらいに丁寧なお辞儀をした。

「ふん。よくも、そんな心にないことが言えるな」

そう言うと知盛様は、私のおでこのあたりを指さす。

「っ!?」
「まりえ、額にしわが寄っているぞ」

私は思わず自分の額を手で覆い隠した。

「おおかた、俺がいない間はのびのびと怠けていたんだろう。俺が帰ってこなければいいのに、と思いながら」
「うっ」

(帰って早々、イヤミ……)

ぐっと下唇を噛みしめる。

「そんなこと思ったこともありません」

私は首を振った。

「どうだかな。まあ、一応信じておいてやろう」

知盛様は頷く。

(本当に?)

「もういい。さっさと俺は部屋に帰る」

知盛様は低い声で言った。

その声にかすかな震えがあるのを感じる。

「……え?」

(おかしい。こんなに暑い日なのに、知盛様の顔色が真っ青……)

「知盛様?もしかして、具合が悪いんじゃ……」
「……っ!」

私が声をかけるのと、馬上の知盛様がぐらりと大きく傾くのが同時だった。

「知盛様!」

どさっと知盛様が馬から落ちる。

「きゃああ!!」

「知盛殿!!」

すぐに一緒に帰ってきていた教経様が馬から降りて、近づいてくる。

「どうしたんだ?」
「くっ……大丈夫だ

知盛様は震えているのに、気丈に立ち上がろうとする。

「だ、大丈夫には見えません!」
「すごく熱いぞ。高熱だ。きっと風邪を引いたんだ。あたためないと。誰か薬師を呼べ!」

教経様が声を上げた。

「風邪……?」

(違う。これは熱じゃない。くちびるが乾いてるし、汗も出てないもの)

「!!」

(もしかして、熱中症になっているんじゃ。それなら、急いで手当しないと手遅れになる)

「教経様、すぐに知盛様の鎧兜を外して、部屋の中へ入れてください」
「わかった」
「それから、氷室から氷を持ってきてください」
「それは私が手配しよう」

同じく一緒に帰ってきた重衡様が言う。

「これは、発熱ではありません。だから、体を冷やさなければ。あたためては逆効果です」
「運び入れるぞ」

素早く鎧兜をはずした知盛様を教経様は背負いあげた。

「他になにか用意するものはありますか?」
「塩と水を持ってきてください」
「水だけではダメなんですか?」
「はい。吸収がいいように生理食塩水を作ります」
「では、塩水を」
「いえ、混ぜる量が決まっているので、私がやります」
「わかりました。すぐに」

あわただしく、私の指示にあわせて、みんなが動き出す。

(きっと具合が悪かったのに、ずっと無理をしてたんだ。意地張りなんだから……)


教経様が運んできた知盛様が、部屋に横たわっている。

「まりえ姫、氷を持ってきたよ」
「はい。それは、大きな血管が通っている脇と太ももの付け根、それから首のまわりに当てます」
「じゃあ、それは私がしよう」

「まりえ姫、塩と水を持って来ましたよ」
「はい。ありがとうございます。すみません。もっと氷を手配してもらえますか?」
「わかったよ。すぐに持って来させよう」
「俺も調達しにいってくる」
「私も行きます」
「お願いします」

みんなが出ていくのを見送り、私はすぐに生理食塩水作りにかかった。

(確かペットボトル中くらいの大きさの水の量に、4、5グラムの塩。これくらいかな?)

うる覚えながら、必死に目分量で作る。

「ううっ」
「知盛様っ!!」
「なんだ、お前か……。俺はこんなことではくたばらんぞ」

こんな時まで、イヤミしか言わない知盛様に腹が立つ。

「それくらいの口がきければ、大丈夫ですね」

私は励ますように言った。

「あいかわらず生意気だな」

知盛様もふっと頬をゆるめる。

(よし、たぶんこの分量で生理食塩水はよかったはず)

「さあ、これを飲んでください」
「それは毒か?」
「バカなことを言わないでください。これは、私の国でこういう時に飲まれる特別な水です」
「ようやく知識を披露というわけだ。あれほど拒否していたのに……」
「戦に使われるのはイヤだと言っただけです。今は、それどころじゃありません。さあ」

私は器に入れた生理食塩水を知盛様に飲ませようとした。
けれど、知盛様はげほげほっと吐き出してしまう。

「どうしよう。少しでも飲ませなきゃいけないのに……」
「ふっ。憎む相手に、ずいぶんと頑張る」
「憎いとか、憎くないとか、そんなことではありません。人の命は大切なものです。
それが、目の前で苦しんでいるなら、なおさらです」
「……」
「さあ、どうにか飲んでください」

私はもう一度飲ませようとするが、うまくいかない。

「がほっ。ごほほほっ」

(ダメだ。これじゃあ埒があかない。でも早く飲ませなきゃ)

私は意を決すると、口に生理食塩水を含む。
そして、それを口移しで、知盛様に飲ませた。

「うんんん」
「っ」

どうにか飲ませ終わると、再度口に含んで、またくちびると重ねた。
素直にそれを知盛様は飲み下してくれる。

「はあ、はあ、はあ、はあ」
「もっと、たくさん飲んでください。もう自分で飲めますか」
「あ、ああ」

今度は器で飲ませる。
ごくごくと喉仏を上下させ、うまそうに知盛様は飲み続けた。

「……何だか、しょっぱい気がする」
「まあ、甘くはないでしょうね」
「……・どうしてだ?」
「はい?」
「なぜ、憎い男なのに、ここまでして助ける?」
「さっきも言いました。苦しんでいる人は助けます。誰だってそうです」
「いや、誰もがそうするわけじゃない。
まして、憎い敵と思っている相手に、普通はそんな態度をとれるものじゃない」

「あの、別に憎いとは思っておりませんよ」
「どうしてだ」
「強引に拉致されたことには困っておりますが、知盛様も好きでなさったことではなく、
平氏のために仕方なくしていることだと思います。だから、知盛様個人を憎いとは思いません」
「変わったやつだ」
「フラフラで立ち上がれないのに、イヤミだけは元気に言う知盛様も変わっています」
「ふっ、なるほどな」

知盛様はそう言うと、小さく笑った。
それは、今までに見たことのない楽しそうな笑顔だった。

「どうやら、お前は他の人間とは違うらしい。いや、違うから先見の巫女なのか……」

そして、なにかを考え込むように知盛様は私を見つめた。

「そろそろ、氷を変えますね」

見つめられたとたんに恥ずかしくなった私は、急いで立ち上がった。

(変……。今、胸がドキンとした。知盛様相手なのに……。あんな意地っ張りな人なんかに……)


〜平知盛 5日目終了〜


※清冽:[名・形動]水などが清らかに澄んで冷たいこと。また、そのさま。
※慇懃:1.真心がこもっていて、礼儀正しいこと。また、そのさま。ねんごろ。「―なあいさつ」  2.非常に親しく交わること。「―を重ねる」
平知盛(4日目)
 今日も知盛様は私の部屋に来ると、現代の知識を披露するようにと迫ってきた。

「どうしようもない強情者だな。いいかげんに、お前の秘密を話してもらおうか?」

座ったひざの上で指をとんとんと鳴らし、だんだんとイライラを募らせる知盛様。

「そんなことを言われても、私は、本当に何もできませんし、知りません」

(私の知識が戦に使われたら、歴史を変えてしまう。めったなことは言えないわ……)

「ふん。そんなことを言って、源氏に行けば、さっさと何でも教えてしまうのではないか?」
「別に源氏の方でも平氏の方でも、これは一緒なんです。私には本当に何の力もないんです」

知盛様は眉間にしわを寄せて立ちあがった。

「いいか?お前は安穏とここで暮らしているが、外の世界は魑魅魍魎が跋扈し、
もうすぐ地獄の釜の蓋が開こうとしているところだ」
「……」

それは確かだった。
まだ京の都は平氏の天下とはいえ、東国では源氏が次々に挙兵していると聞く。

(実際に、間もなく義仲様が攻め入ってくるはず。そうなれば、平家がどうなるか……)

不吉な予感を噛みしめながら、私は知盛様を見た。

「お前からすれば、俺も魑魅魍魎の一人だろう。
だが、その中で抜きんでなければ、この平氏は終わりだ」
「平氏が……終わる……」

考えないようにしていた史実を突き付けられたような気がした。

「平氏が終わるときは、お前も道づれだぞ。そのつもりで意地を張るのだな。結果は覚悟しておけ」

厳しい声にびくっとなる。
考えるのを避けてはきたけれど、この時代にいる限り、絶対に避けては通れない道だ。

(史実ではこのままいけば、平氏は壇ノ浦で源氏に滅ぼされる)

「……」
「黙ってないで、何とか言ったらどうだ?」
「それは分かっています

私は目を伏せた。
声がかすかに震える。

「それなら、自分の身の振り方も分かるだろう」

知盛様は少しだけ優しい声になった。

「お前が協力的であれば、俺も悪いようにはしない」

「もういい。今日は帰る」

知盛様はぷいっとそっぽを向くと、部屋を出て行く。
私も背を向けたまま、黙って息もせずに知盛様がいなくなるのを待った。

「はあ……」

ようやく知盛様の気配が消えたので、大きく一つ息をつく。
(何だか知盛様は威圧感がすごくて、息が詰まる)
そんなことを思って、本当に息を止めてしまっていた。
(変な私……)

「私にそんな力がないって、どうやったら信じてもらえるんだろう?
第一、本当の歴史を教えたところで、平氏にとっては良い情報ではないのに……」

まだ平氏が都にいるということは、1183年前半くらい。
平氏が壇ノ浦で滅亡するのは、1185年。わずか、ここから2年後だ。
あまりにも早い転落を、どうやって伝えても恐ろしい呪いにしか聞こえないだろう。

私は文机に突っ伏すと、やりきれなさに脱力していた。

「正直に言っても殺されそうだし、ウソを言えば罰せられるだろうし。
なにも言わなければ、今の状態が続く……」

少なくとも今の状態が、一番ましな気がする。


自分の部屋で、うとうとと文机に突っ伏していたところ、ハッとして私は目が覚めた。

「いつの間にか眠ってしまってたんだ!」
(知盛様が来た時って、気疲れしてしまうから……)

ふと、何か焦げくさい臭いがする。

「え!?」

それに、よく見れば、うっすら煙がかってもいた。

「これって、火事じゃないの!?」

私は慌てて、外へ出る。

庭へおりると、どうやら落ち葉を焼いていた火が廊下の欄下へと燃え移ったらしい。
ようやく気付いた女房達が悲鳴をあげて騒ぎ始めている。

「どうしましょう。あの廊下の奥には、まだ侍女がいるのに、このままでは出てこれません」
「じゃあ、あの部屋にはまだ人がいるの?
早く消火いなきゃ。でも、この時代に消火器があるわけないし。何か代わりになるもの…」
「きゃああ!!」
「水がわずかしかないぞ。早く、水をたくさん持てえ!」

「水が少ないなら……」

私は一度部屋に戻ると、几帳の布を引きはがした。
そして、それに残っている水を含ませると、一気に燃えている場所を覆う。

(これで、空気が供給されなければ、火は消えるはず。
たくさん水が使えないなら、もうこの方法しか……)

「すごい!消えました!火がまたたく間に消えました!」

集まってきた人々が私を見ながら口々に言う。

「さすがは、先見の巫女だ。不思議な力を持つというのは本当だった」
「このような技を使えるとは、やはりただ人ではありません」

(え!?こんなことで!?ど、どうしよう……)

「うわあああん、うわああああん」
火が消えたことにより、部屋の中から泣きながら女の子が出てくる。
その無事をみんなが喜びあった。

(よかった。人を助けることができたのなら、これくらいのことは……)

ほっとしているところに、騒がしい音が聞こえてくる。

「火事だと聞いたが、まりえは無事か?おい、聞いているんだ!まりえは?」

知盛様がせわしなく庭へと入ってくる。

(知盛様が私の名前を連呼してる。
いつもは、お前呼ばわりで名前なんか知らないみたいだったのに)

こんな事態なのに、私はぼんやりとそんなことを考えていた。

「まりえ!!」
「知盛様……」
「無事なのか?」

知盛様は私の腕を両手でつかむと、激しく揺するようにして聞いた。

「どこにもケガはしてないだろうな!おい、呆けている場合か!」
「え、えっと、大丈夫です」
「なら、いい。まったく人騒がせな。わざわざ、出先から戻ってきたではないか」

(そんなことを言われても……)

「心配してくれたんですか?」

まだ信じられないという気持ちで聞いた。

「誰が心配しているなどと言った」

とまどった声が返ってきた。

「勘違いするな。ただ、お前に死なれたり、ケガをさせたりすると困るというだけだ」

「とりあえず消火できたということで、これで失礼いたします」

私は早々に退散しようと、お時儀をすると回り右をした。
(とりあえず、逃げよう)

けれど腕を掴まれて、知盛様と向かい合わされる。

「待て!」
「はい?」
「手を出せ。火傷をしている」
「え……?、あ!」

言われて、あらためて自分のてのひらを見ると、真っ赤に腫れあがっている。

「気づきませんでした。火を消すのに夢中で……」
「お前は痛覚まで鈍いのか?」
「……」
「じっとしていろ」
「……?」

言われた通りにじっといていると、知盛様は懐から薬を出し、私の手のひらに塗り始めた。

「イタッ」
「火傷をしたんだ。痛いのは当たり前だろうが」

手を引こうとした私の手首をがしっと押さえこんで、しっかりと薬を塗り込んでいく。

「お前は大切な人材だぞ。おとなしく治療されていろ。
火傷を甘くみるな。場合によっては、命を落とす」

厳しい声で言われたので、そのまま痛みをこらえておとなしく薬を塗ってもらう。

「いいか?お前を心配してるんじゃないからな」
「分かっています。そんな風には思っていません」
「じゃあ、自分の身はしっかり守るんだな」

ぴしっと手のひらを叩かれる。

「痛いっ!」
「自重しろと言っているんだ」
「はい」

うっかりと無防備に火傷をしたことは確かだから、私は頷いた。

「ふっ。ようやく神妙になったな。ところで、火を消した技。
そういうのを俺は見せろと言っているんだ。今度は逃げられないぞ」
「あれくらいのことは、誰だって分かることです」
「どうかな?ちゃんと知っていることは吐いてもらおう。それで戦に勝てる戦略が立てられるかもしれん」

(戦に役立てるなんて、とんでもない!!)

「私はイヤです。たとえ、何かを知っているとしても、人を殺すことには使いたくありません」
「ふん。そんなきれいごとが、どこまで通じるかな」

知盛様は口の端を歪めて、私を挑発的に見た。

(私を心配しに来てくれた知盛様と、
今、目の前にいる知盛様……いったい、どちらが本当の知盛様なの?)


〜平知盛 4日目終了〜


※魑魅魍魎(ちみもうりょう):人に害を与える化け物の総称。
また、私欲のため に悪だくみをする者のたとえ。魑魅は山の怪、魍魎は川の怪をさす。
※跋扈(ばっこ):ほしいままに振る舞うこと。また、 のさばり、はびこること。
平知盛(3日目)
 
「今日からここがお前の部屋だ。いや、座敷牢と言ってもいいかな」
「座敷牢!?」
あまりの言葉に、私は声をあげた。
「当然だろう?お前には四六時中監視をつけておく。
自由に外へ出ることも許さん。面会人も俺の許可を得た者だけだ」
「じゃあ、法眼さんと会うことはできないんですか?」
「さあ、どうだろうな。あいつが殊勝に出てくるようなら、考えてやらなくもないが……」
ニヤリと酷薄な笑いを浮かべる知盛様。

「とにかく、おとなしくここで過ごすといい。京は怖いところだ。
一人で放り出されたら生きていられないぞ。そうされたくなければ、素直に言うことを聞くことだ」
「そんな……」
「じゃあ、自由がほしければ、平家の役に立ってみせろ。そうすれば、考えてやってもいい」
高圧的な態度で迫られ、私は思わず後ずさりする。
「そ、それは……」
「ふん。強情な女だな。いつまで、その意地が続くやら……」

知盛様は冷たく言い捨てて、部屋を出ていこうとした。
私はがっくりと肩を落として、そっとケータイを取り出す。
この時代に飛ばされてから、電源を極力入れないようにしてきた。
そのため、まだ電源が入るそれには、現代で撮った写真がいくつか入っていた。

(お父さん、お母さん……)

画面の中に両親の顔を見て、涙がこぼれた。
が、突然、そのケータイが取り上げられる。

「なんだ?これは」
「あ、返して、返してください!」
「とんでもなく精巧な絵だな。これも、お前が持つという知識のひとつか……。
不思議な道具を持っているとは聞いていたが、なるほど。これのことか」

納得顔で、しげしげとケータイを見る知盛様。
私はその足元にすがった。

「お願いです。返してください。それは私の両親なんです。
今は、もうそれしか形見になるようなものはありません。それが心の支えなんです。だから、」
「よほど大事なものと見えるな。じゃあ、俺が預かっておこう」
「そんな!!」
「電源は切ってください!二度と見られなくなります!」

せめて、と私は必死に進言した。

「でんげん?」
「えっと、力の源のことです」
「この中にあるのか?」
知盛様は興味深そうにケータイを持ち上げて、裏をのぞいた。
「これです」
私は電源ボタンを指差した。
「使わないときは、これを押して、力を切らないと、すぐに力がなくなります」

こんな説明で分かるだろうか?
そう思ったが、知盛様は意外にも素直に電源ボタンを押してくれた。

「お前が平氏の役に立てば、そのときに返してやろう。それまでは、隠しておくからな」

知盛様は意気消沈した私を一人残すと、大きな足音を響かせて去っていった。

「しっかり、ケータイは没収されちゃった。没収って、まるで学生みたい。
でも、ここでの没収は永久に失われたのと同じよね」

あらためて自分の置かれた立場を突き付けられた気がする。

「ずっと、こうやって閉じ込められているのかなあ」

ため息をつき、まわりを見回す。
(けど、別に座敷牢と言っても普通の部屋よね)
私はそっと、板戸を開けて外へ出ようとした。
しかし、廊下に出たとたん。
そこには控えの家来が座っていて、私を見るなりすぐに立ち上がる。

「あ、あの…」
「お手洗いならば、案内仕る」
「い、いえ…」
私は慌てて部屋へ戻る。
(本当に監視されてるんだ……)
そう思っただけで、途端に部屋の空気が薄くなった気がした。
「これじゃあ、息が詰まりそう……」
私は力なく板床の上に崩れ落ちた。

私は今日も一人、西日の差す部屋でぼんやりと脇息にもたれかかっていた。
「はぁ」

自然と大きなため息がもれる。
ここ数日で、知盛様の言うことが骨身にしみてわかった。
どこかへ出かけようとするたびに、おつきの者という名目で家来や侍女やらが馳せ参じる。
慇懃(いんぎん)な態度のそれらの人は、冷たい目で私の行動を監視していた。

「え?誰か来る……」

顔を上げたところで、板戸が開き、現れたのは維盛様。

「まりえ姫、お久しぶりです」
「維盛様」
「どうしたんですか?暗いお顔で……」
「ずっと閉じ込められ、監視されているんです。もう息が詰まって、気が滅入って……」

私は思わず愚痴をつらつらと述べてしまった。
(私ったら、維盛様相手だと気が緩んで……)
しまったという思いで維盛様を見るが、彼は優しい微笑みを浮かべて私の真向かいに座った。

「そうですか……。いえ、そんなことだろうとは思って、お慰めにきたんですよ。
さあ、このお菓子をお食べなさい」
維盛様はそう言うと、懐からよい香りのする物を取り出す。

「桂心(けいしん)というお餅ですよ」
「この香りって、シナモンですね」
「まりえ姫の国ではそう呼ぶのですね。私もこの香りが大好きです。
さあ、どうぞ召し上がれ」
「ありがとうございます。監禁されている牢獄への差し入れですね」
「牢獄……監禁……」
「はい。知盛様もそう言っていました。実際にそんな感じで……」
「いいえ、それは違います。知盛兄者は単にまりえ姫の身を案じて、警護をしているだけですよ」
維盛様は真剣な瞳で知盛様をかばった。
けれど、そんな言葉は私の心には響いてこない。

「そうでしょうか?」
私は小首を傾げた。
「いつか分かってもらえる日が来たら、私もうれしいのですが」
ふんわりと維盛様が微笑む。

(できれば、維盛様を喜ばせてあげたいけど、本当にそんな日が来るかどうか分からない。
少なくとも今は、とてもそんな気持ちにはなれないから……)

「さあ、どうぞ、早くお菓子を召し上がりなさい」

にっこりと笑って、私が手に持ったままのお菓子を薦める。

「はい」

パクリと食べると、シナモンの香りが口に広がった。

「揚げ餅ですね。おいしい。どこに行けば食べられるのかしら」
「それなら知盛様に言えば、また持ってきてくれますよ。これだって、あ……」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
「今のって、もしかして……」
私が聞こうとすると、バンと板戸が開いて知盛様が入ってきた。

「おい、勝手に囚人に差し入れをするな。維盛」
「知盛兄者、お邪魔しております。けれど、そろそろ私もおいとまの時間です」
「では、そこまでお送りします。いいですか?」

ちょっと挑戦的に知盛様に告げると、そっぽを向いたままで答えが返ってきた。

「勝手にしろ。だが、すぐに戻ってこい。おかしなマネをすると、永遠に菓子なんか食べられなくなるぞ」
「分かりました。逃げられないことは、もう十分にわかっています」
「いい傾向だ」
「では、維盛様。一緒に」
「そうですね。行きましょうか」

私は知盛様を残して、維盛様と廊下へ出た。
見張りつきではあるけれど、玄関まで維盛様をお見送りすることができた。

「それでは、お気をつけて」
「ありがとう。また、様子を見に来ますよ」
「本当ですか?」
「ええ。それまでに、どうにか知盛兄者と仲良くなってくれればいいのですが……」
「それは……たぶん無理です」
「はあ、仕方ありませんね。知盛兄者があの態度では……。
けれど、決して悪い人ではないのです。わかってあげてください」
「維盛様……」

私は結局最後まで、それには頷けずにいた。

しっかりと維盛様を見送った後、知盛様のことをあれやこれらと考えながら廊下を歩く。

(やっぱり、どう考えても維盛様は知盛様のことを誤解している気がするんだけど……。
それとも身内にだけは、異様にやさしいとか……)

「おい、おい!」

(でも、それならそうで、なにか言いそうなものなんだけど……)

「聞こえないのか!?その先は縁側がないぞ!」
「……え?」

私が踏み出した先には、縁側が続いておらず、そのまま私は庭先へと落ちそうになる。

「いやっ!!」

体が大きく傾く間、まるでまわりの景色はスローモーションのようになった。

「バカが!」
「っ!!!!」

咄嗟のことだったけれど、しっかりと知盛様に腰を抱かれ、体の向きを変えられた。

(え……知盛様が助けてくれてたの……)

「ちっ!」

けれど、すぐさまに体を放された私はそのまま縁側にへたりこんだ。

「まったく、前を見て歩くこともできないのか。これじゃあ、特別な力などとても見込めないな」
知盛様は思いっきりイヤミを言うと、立ち去っていった。

その後ろ姿を見ながら、落ちそうになった驚きでドキドキしている胸に手を当てる。

(今のは偶然?たまたま手が出ただけなのかもしれない。
知盛様が私を助けたなんて……思わないことにしよう)

なんだか納得のいかない出来事に、私はただ、とまどうばかりだった。


〜平知盛 3日目終了〜

※慇懃:1.真心がこもっていて、礼儀正しいこと。また、そのさま。ねんごろ。「―なあいさつ」 2.非常に親しく交わること。「―を重ねる」
平知盛(2日目)

法眼さんの泰樹の部屋で、私は堪海から恫喝を受けていた。
緊迫した雰囲気に動悸がおさまらない。全身にイヤな汗まででてきた。

「さあさあ、教経様がお待ちだ。さっさと支度をしろ!力づくで連れていくこともできるんだぞ」

(怖いっ!でも、ここで逃げないと本当に連れていかれる!!)
どうしたらいいかを必死に頭の中で考えを巡らせる。

「でも、法眼さんに黙ったままでは出ていけません。ちゃんと説明をしてから……」
連れていかれないようにと、無駄な抵抗と分かっていても、柱に爪を立ててしがみつく。
けれど、それがかえって相手をイラつかせるようだった。

「そんな説明はこっちがしておくからいいんだよ。教経様はせっかちな性格なんだ。
乱暴にされたくなければ、諦めてさっさと支度をした方がいい」
堪海の武骨な指が私の腕をつかんだ。
「そんな……」
「いや、用意はいらないな。着の身着のまま行っても、相手は平氏の御曹司だ。
全部そろえてくれるぜ。うらやましい玉の輿だね」
顔をのぞきこまれ、いやらしい顔で急かされれば、全身に鳥肌が立つ。

「おい!」
その時、隣の部屋から教経様がどかどかと入ってくる。
すっかり険しい顔つきに、私はますますおびえた。
「もう待つのは飽きた。さっさと行くぞ。俺だって暇じゃあないんだ」
「はい。ただいま!」
堪海はそう言うと、つかんでいた私の腕を強く引っ張る。
そして、そのまま引きずられるようにして、教経様に私は引き渡された。

「い、いや!」
「おとなしくしろよ。こっちだって、知盛殿の命令で来ているんだ」
「どうか、どうかお願いです。お願いですから、私を見逃してください」
「はあ?あんた知らないだろうが、平氏の知盛殿と言ったら、命令に従わない者は絶対に許さぬ鬼の頭領だぞ。逆らえるものか」
「鬼……」
(そんな恐ろしい人のところい行かされるの!?)
私はますます恐怖し、ガタガタと震えだす。

「ようやくおとなしくなったな。そうだ、そうやっておとなしくしとけ。知盛殿の前では騒ぐなよ。
うるさい女は嫌い人だ。すぐ手討ちにされるぞ」
「ええっ!!」
あまりのことを告げられ、身体が動かない。
教経様は、脅すだけ脅しておとなしくなった私を法眼さんの屋敷から連れ出した。
(いったい、どうなってしまうの?私、このまま平氏の屋敷で幽閉されてしまうの?)

教経様の馬に乗せられ、林の中を走っていく。
未知の場所へ連れていかれる不安と知盛様という男への恐れとで、私は指先まで冷たくなるのを感じていた。

知盛様の屋敷へ連れて来られた私は、大きな部屋へと通された。
そこには、ずらりと平家の公達が並んでいる。

「知盛殿、言われた通りに、法眼殿のところにいた娘を連れてきたぜ」
教経様はそう言いながら、私を部屋の真ん中へ座らせた。
怯えながら、私は周りを見渡す。
きらびやかな雰囲気ではあるけれど、それが逆に不安にさせる。
(私、いったいこれから、どうなるの?)
恐ろしくて恐ろしくてガタガタを震えていると、正面にいる男が口を開いた。

「そうか、首尾よくいったな。さすが教経は仕事が早い」
「この教経が動けば、ざっとこんなものだろう、知盛殿」

それで、ようやく正面の男が知盛様らしいとわかる。
(この人が今、平氏を束ねている実質的な頭領、平知盛様……すごく厳しそう……)
目の前の彼は意志の強そうな顔をし、りりしい眉を寄せている。
男らしく、王者らしい尊大なオーラをまとっていて、その威圧感で私の体は動かなかった。

「かわいそうに、こんなに怯えている。知盛兄者、あまりおびえさせないようにね」
「俺がいつ、おびえさせた。まだ話もしていない」
「ほら、そんな怖い声じゃあ、ますます怯える」
助け舟を出してくれたのは、キラキラした王子様のような男性。
少し着物を着崩して艶めいた印象があるのに、品良く見える。
「重衡兄者、無駄だ。知盛殿は、ただしゃべっているだけでも怖いからな」
(この方が平重衡様なのね。知盛様よりも、ずっとお優しそう)

「くすくす。そんな軽口を叩けるのに、怖いだなんて、おかしいですよ」
まるで鈴が鳴るように笑う方は、女性かと見紛うほどの美しさだ。
やわらかい雰囲気に、繊細さのある仕草が見ていてもうっとりする。
「おやおや、維盛も賛同するのかな?」

(この方が維盛様……。それにしても、平氏のみなさまって、なんて仲がいいの)

「女、名はなんと言う?」
「横山まりえです」
突然、声をかけられて、びくんとなりながら答えた。
「まりえか……。変わった名だな。やはり、異国から来たというのは本当らしいな」
「でも、異国から来たというだけで、私はなにもできませんし、先を見る力もありません」
「ふっ。俺には今、その両方ができるが平氏には協力できんと聞こえたな」
「そんな……」
「どうだ?まりえは、平氏をどう思う?」
「結束が堅そうです」
私は思ったことを正直に言った。
「いい感想だな」
知盛様が満足そうに頷く。

「まあ、どんな感想を持っていてもかまわん。どうせお前は平氏の人間になるのだからな」
「え!」
「お前が力を持っていようといなくても、すでにその評判が立っているというのが問題だ。源氏に奪われれば、どんなことに利用されるともわからん」
「知盛兄者、ぜひ私の屋敷へ。こんな可憐な人なら、すすんでお世話をしたい」
「重衡兄者は女の扱いに慣れすぎていて、逆に信用できない。維盛はどうだ?俺はごめんだがな」
「まりえ姫がいいというのなら、私はいいですよ」
「いや、この娘は、このまま俺のそばにおいておく」
「おやおや、珍しいお申し出だ」
「そうですね。女性をそばに置かれるのは、面倒くさがるのに」
「それだけ、重要な女ということだろう。戦略的に」
「教経の言うとおりだ。奪われていけない物の管理は、俺がする。それが一番安全だ。わかったな、まりえ」
「分かりました」
私はうなだれるように頷いた。
「あきらめのいい対応だな」
知盛様が満足そうに頷く。
(もう、逃げられない)

「では早速、まりえに部屋を与えよう。そして、すぐにでもお前の力を見せてもらうからな」
「ち、力など、何もありません」
「そう言っていられるのも今のうちだ」
「知盛様……」
「俺は甘くはない。何が何でも、平氏の役に立ってもらう」

厳しい顔で言われて、私は息を飲む。
(この先一体、どうなってしまうの?こんな怖い人のところにとどまるように言われるなんて……)

〜平知盛 2日目終了〜

きょうという日
 あなたが虚しく生きた今日一日は、昨日死んでいったものが、あれ程生きたいと願った明日。